この1か月で,ジャクリーン・ゴルディス『メインキャラクター』(法村里絵訳.創元推理文庫,2026),ジョー・キャラハン 『瞬きすら許さない』(吉野弘人訳.創元推理文庫,2026),クリストフェル・カールソン『暗殺の冬』(棚橋志行訳.文春文庫,2026)のミステリー3作を読んだ。いずれも途中で読むのをやめるべきだった。
『メインキャラクター』は「オリエント急行」が舞台ということだったので,アガサ・クリスティの『オリエント急行殺人事件』以上かという期待があったが,遠く及ばないどころか,アマゾンのカスタマーレビューでは,発売後ひと月半で2.3という低評価である。
このオリエント急行は,パリとイタリアの間を三日間で走るクルーズトレインで,オリエントの代わりにイタリアの観光地が登場する。その一つが,チンクェ・テッレというリグーリア海岸に面した風光明媚な五つの村である。村を結ぶのは鉄道と遊覧船で,この遊覧船の乗船方法が独特なのだが,言及がないので,作者は,現地に行っていないのだろうと予想できる。そしてチンクェ・テッレで起きた落石はどうなったのか。
いい歳をした米国人の女性主人公は背後にいる小説家に操られるだけであるが,なぜか悩んでいる。いろいろな設定や要素をごちゃまぜにして新味を出そうとしているが,少なくともミステリとしては失敗作。
『瞬きすら許さない』は英国のウォーリックが舞台。ここで,警察官と生成AIに組ませて捜査してみようとする実験プロジェクトが行われる。未解決の若者行方不明事件を解明しようと捜査することになる。警察側は,普段は現場に出ることがない女性警視正キャットが経験を買われて担当させられる。当然,中堅の年下の警官でよいはずだが,夫を癌で亡くし,青年期の息子がいる年配女性でなければならない。キャットは,最初からAIをうさんくさく思い,経験と直感を重視する。
一方,国立AI研究所の教授は,あらゆる種類の偏見や先入観のないアルゴリズムを備えたAI捜査官ロックを開発した。ブレスレットのようなバンドに音声デバイス,カメラが入っていて,キャットはこれを装着する。さらにそのバンドから3Dデジタルホログラムでロックの姿を空間に投影することができる。本を1秒で読み,映画を3秒で観るロックは,7万論文から知識を得て,それらの調査結果に基づいて判断する。
生成AIについては,今は,群盲象を撫でる状態であるから,どのようなAIであってもよいが,こうまで擬人化されてしまうと簡単に言えばロボット捜査官もの以上にはならず,予想通りの結末となる。AIについての理解が進むわけではない。また,主人公キャットはうっとうしいが,このキャットとロックはシリーズになったとのことである。
スウェーデンのミステリ『暗殺の冬』の邦題は,本来のタイトル「太陽よ,私を照らして」(DeepL翻訳)と全く関係がない。この邦題に騙されてしまった。内容は,真面目で実直で努力家であるいかにもスウェーデン人らしい警官が,1986年に殺人事件を起こして逃亡した「ティアルプの怪物」と呼ばれている犯人を何十年も探す。取り逃がしたことを悔やんで精神的にも肉体的にも病んでしまう。
しかし,驚くのは,いったん片付いたはずの事件だったのが,終盤に突然現れる「作家」という人物によって意外な展開がなされる点である。二重にアンフェアと言えるだろう。全体として重苦しい雰囲気があり,ぎこちない構成にいらいらさせられる。
どれも,主人公役が思い悩んだり自己憐憫に陥る。それを「文学的」,「深みがある」と評価することもできようが,それほどのものではない。
これまで,翻訳されるミステリは,一定の水準を超えたものという認識があったが,ここにきて裏切られたと思った。ただ好みに合わないだけなのだろうが,出版社側の評価の基準が変わってしまったのなら残念なことだ。