ミラノコルティナ冬季オリンピックはまもなく終わる。冬季オリンピックでは,フィギュアに代表されるように各種目でまず回転数と高さが必要で,それにミスを絶対にしないことが求められる。
競技種目は増える一方である。大枠の競技数は,前回の15競技から「スキーマウンテニアリング」が増えた。「山岳スキー」と訳されているので,長距離をスキーで滑るのかと思っていたが,違っていた。スキーで上り坂を登り,スキーを外して階段を登り,滑降で戻ってくるという短距離,短時間のものだった。
種目数は7種目増えた。新競技だけでなく,男女のペア,混合,団体,さらにはリレーという種目が増えている。獲得メダルばかり取り上げるのはどうかという意見は昔から続いているが,どうしても最後はメダル争いになってしまう。日本のメダル数は24となった。これは国別で4位であり,これまでで最多となった。しかし,毎回,増えるのは,競技数の増加も影響している。20年前の2006年トリノ冬季オリンピックでは,フィギュアの荒川静香選手が最後にとった金メダルしかメダルがなかったことは今でも覚えている。
今回,中継にドローンが広く使われるようになった。屋外のほとんどの競技では,すべてではないが選手の後を追うドローンの映像を見ることができた。操縦者の訓練は大変だったのだろうが,ドローン映像には確かに臨場感がある。また,選手にカメラを装着するのは禁止されているのかと思っていたが,男子スキークロスでは,選手に着けたカメラからの映像があった。カーリング中継の一部では,生成AIが作ったのか人間の姿のないストーンの動作だけが映し出されていた。ただ,観客としては,技術で可能なことや選手の視線よりも全体を俯瞰した映像のほうが好ましいと思われ,こうした試みが主流になることはないのではないか。
さらに,高度な計測装置の導入や観客への情報提供の詳しさや速さに驚いた。ジャンプなどでは,着地した直ぐ後で高さや距離が表示される。競技会場の設定,準備などのほかにこうしたところにも大変な費用がかかっているのだろう。
テレビでは,例外はあるものの日本の選手や日本チームのみ中継される。まるでインターネットのフィルターバブルとは異なるが,日本選手の出場する競技や日本選手のことばかりとなって,他の競技や事件は取り上げられにくい。例えば,ロシア侵攻による戦死者を描いたヘルメットを着用しようとしたスケルトン男子ウクライナ代表が失格処分となったことは,表面的な報道にとどまり国際オリンピック協会(IOC)の問題までは行きつかない。幸い,インターネットのおかげで,日本選手の出ない競技の映像が様々な方法で提供されるようになった。NHKの特設ページでは全競技が配信されており,これはありがたかった。ただ,他の国でも同様だが,制限されたテレビ画面では,オリンピックが,素朴なナショナリズム,国威発揚の手段となっている。
フィギュアは,番狂わせもあり,スリリングな展開だった。特にペアの三浦璃来と木原龍一組の逆転優勝はみなを感動させた。実績があり団体でも順調だった三浦木原組は,ショートプログラムでミスがあり,演技終了後木原選手は,氷上で泣き崩れた。木原選手の絶望感は,見ているものにも伝わった。しかし,年下の気丈な三浦選手がそれを慰める。結果は5位だった。そしてフリーでは,失敗したリフトを含め完璧な演技ぶりで,高得点をあげ,結局優勝した。この瞬間,おそらく,観ていたこのペアのこれまでを知る日本人の多くは感動し,涙を流しただろう。「感動をありがとう」と感動が外部化される時代にふさわしいドラマだった。
いろいろな出来事や問題が起きても,こうしたエモーショナルなトピックだけが人々の記憶に残っていく。