このひと月に,海外ミステリ『夜明けまでに誰かが』,『イーストレップス連続殺人』,『マーブル館殺人事件』,『小さな嘘つき』,『ホワイトハートの殺人』,『眠れるアンナ・O』,『ハウスメイド』を読んだ。多分この中から2,3作は年末のベストテンに入るのではないか。
ホリー・ジャクソン『夜明けまでに誰かが』(Five Survive,服部京子訳. 東京創元社.2025)は,米国のサウスカロライナ州で,真夜中,キャンプに行く高校生四人と大学生二人を乗せたキャンピングカーが何物かに銃撃されて,立ち往生してしまう。携帯電話の電波は届かず,救援を頼むこともできず,異様な事態に対処しなければならない。次第に彼らの事情がわかってくる。高校生でなければならなかったのかと思う半面,米国が銃社会であり,検察と政治の関わりが強いといった背景が浮かび上がる。ただ,善良な夫婦に対する仕打ちは酷い。
フランシス・ビーディング『イーストレップス連続殺人』(Death Walks in Eastrepps. 小林晋訳. 扶桑社. 2025)は,英国のノーフォークの避暑地が舞台。同じ方法で六人が次々と殺されるが,犯人の動機はあいまい。怪しい人物も複数出てくるし,法廷シーンもあり,1931年の作品にしては,複雑な構成,犯人の意外さ(今では普通)とよく考えられている。
パスカル・ロベール=ディアール『小さな嘘つき』(La petite menteuse,伊禮規与美訳.早川書房.2025)は,フランスの法廷小説で,書名から察することができるありがちな内容ではある。主人公はベテランの女性弁護士であり,なぜ少女が問題を起こすようになったのかについて何度も強調されるのは,精神的な側面ではないある不条理な理由である。
アンソニー・ホロヴィッツ『マーブル館殺人事件 上下』(Marble Hall Murders.山田蘭訳.東京創元社.2025)は,「アティカス・ピュント」シリーズの第三作だった。これまで毎年秋に翻訳発売されるホロヴィッツのミステリを欠かさず読んできた。しかし,二つのシリーズがあることには無関心だった。もう一つは「ホーソーン&ホロヴィッツ」シリーズで『殺しへのライン』(2022),『ナイフをひねれば』(2023),『死はすぐそばに』などと続いてきた。「アティカス・ピュント」シリーズには『カササギ殺人事件』(2018),『ヨルガオ殺人事件』(2021)と二作があって,主人公は,英国のベテラン編集者のスーザンである。スーザンが担当する作家アラン・コンウェイが書いたミステリとスーザンの周囲で起きる事件という二階建て構造となっている。『マーブル館殺人事件』では,作中作ではフランスに住む英国人屋敷で殺人事件が起きる一方,スーザンが新しく担当した作家の一家で相似形の事件が起きる。これまでと趣向が同じなので,より凝って目新しさを追う一方,複雑になるのはやむをえないのだろうが,末期症状でもある。ホロヴィッツはこのシリーズの四作目を構想中らしい。
クリス・チブナル『ホワイトハートの殺人』(Death of White Heart.林啓恵訳. ハーパーコリンズ・ジャパン. 2025)では,英国南西部ドーセットの海岸に面した小村フリートコムを通る幹線道路で男性の変死体が発見される。この村にはパブが二つありその店主,美容室,宅配業者,農場主,醸造所主らが登場する。主人公は,ここに赴任したばかりの経験豊富な女性巡査部長のニコラで,死体は,パブ「ホワイトハート」の店主だった。ニコラが20歳代の新人警官とデスクワークしかしないが結構優秀な中年男という二人の部下を使って調べて行くと,パブをめぐる住民たちの人間関係,裏の事情がわかってくる。最後に犯人から犯行の長い説明がある。アン・クリーヴスを彷彿とさせるような衒いのない端正なミステリーだった。
マシュー・ブレイク『眠れるアンナ・O』(Anna O,池田真紀子訳,新潮社. 2025)ではまず,犯罪心理学,特に催眠の研究者であるベンが出てくる。真夜中に恩師から呼び出され,勤務先の特別な人々のために睡眠に関わる治療をしている「アビー・スリープクリニック」に行く。ここに,これまで4年の間,眠ったきり目が覚めない20歳代の女性アンナが運び込まれてくる。かつて政府の要人だった女性の娘で,二人を刺殺した疑いで監視されている。ベンは生存放棄症候群とみなす。前半は,ベンの行動と心理を説明するが,平凡な自己憐憫と心理学的解説ばかりで全く興味をひくことはなく,読み飛ばせばよかった。20年前の事件が関係するが,4年前の事件も含め全体像は解決篇に関わるのでぼんやりとしか提示されず,重要な事柄は隠されたまま進む。最後に至っても偶然ばかりが気になってすっきりしない。著者は映画が好きなのだろう,映画のタイトル,それにありきたりな小説への言及,引用があるがあまり効果を発揮していない。
フリーダ・マクファデン『ハウスメイド』(The Housemaid, 高橋知子訳. 早川書房. 2025)は,ニューヨーク郊外の豪邸が舞台。ここの女性主人に住み込みのメイドとして若い女性ミリーが雇われる。主な登場人物は五名だが,実際は三名。ミリーは,密閉された狭い屋根裏部屋を与えられる。その部屋は以前は物置だったため,鍵は外からしかかけられない。邸内には,広いリビングルーム,最新機器や設備の整ったキッチン,ホームシアターもある。ミリーは,懸命にに働くが,不穏な空気が漂っているのに気付く。しかし,ミリーは何としても働き続けなければならない事情がある。米国だけでなく,フランスなどでもベストセラーらしい。それはよくわかる。逆転劇に爽快感が得られるからだろう。しかしながら,読んでいる途中につじつまが合わないご都合主義をいくつも感じた。