石破首相はよかった

 パレスチナの国家を承認したり,選択的夫婦別姓を導入したり,政治資金規制を強化したりしたわけではないが,石破首相には,もう少し続けてほしかった。

 日頃,佐藤優氏にはその分析や主張にあまり賛成できないが,「筆者は石破氏が辞任する必要は全くなかったと思います。石破政権の内政,外交はよくできていたと思います」(佐藤優の7DAYS 実践ニュース塾 AERA 2025.9.22)と言っている。同じ週刊誌で稲垣えみ子氏のように「私は石破首相が好きだった。それは,少なくとも公式には,石破さんが何かを排除したり、自分と立場の違う相手を小馬鹿にするような言葉を発しない人だったからだ。思えばもう何十年もそういうタイプの首相を見てこなかったから,国会答弁や,各種式典での首相の発言がラジオから流れてくると,にじりよる寄る勢いで耳をすませた.そしていつも深く安堵した,論破ではなく説得を大事にしている人が国のトップにいることがこれほど安心感を与えるものかと,半ば愕然としながら癒やされた」(AERA 2025.9.22)と賛辞を述べる人もいる。

 確かに,予算委員会では,野党議員の質問に過去の大臣時代などの経験を踏まえながら,丁寧に答えていた。予算委員会の中継が楽しみとは言えなくとも,そこでは内容のある討論を聞くことができた。

 かなりの数の一般の人々の支持がありながら,何故,退陣に追い込まれたのかと言えば,もちろん自由民主党の体質と言うしかない。しかし,新聞の影響もある。

 推測するしかないが,新聞の政治部記者の間では石破首相の評判はよくないようで,旧派閥の反石破の有力議員に密着している記者たちの観測記事が毎日のように新聞に載った。それが,読売新聞と毎日新聞の「退陣記事」となった。そして,論調を退陣不可避へと誘導していった。読売新聞や毎日新聞は,「退陣記事」を誤報とは認めず,謝罪せず,第三者委員会による検証を行うこともなかった。他の例なら第三者委員会による検証を声高に主張するのに。

 政局記者たちは,自由民主党内で誰が誰と会ったとか,誰がどの陣営に加わったかといった権力構造というどうでもよいことに報道価値を見出している。時たまの総裁選挙こそが彼らの活躍の場となっている。

 「国境なき記者団」が毎年発表しているWorld Press Freedom Index(世界報道の自由度ランキング)で2025年は,180か国の中で66位だった。ずっとこうした順位できている。なぜ,まともな民主主義国なのにこう順位が低いかと言えば,「記者クラブ」が存在しているからである。

 新聞の政治部や記者クラブをなくせば,報道の自由度ランキングの順位はあがり,まともな政治報道が行われるようになるのではないか。